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カリスト・・BAYERISCHE STAATSOPER・・・2018/3/31 [オペラ]

 4月の旅行の目的はベルリンでのパルジファル2公演。他にちょっとわけありで7泊7公演といつになく長めの旅行でした。
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Musikalische Leitung Christopher Moulds
Inszenierung David Alden

La Natura Dominique Visse
L'Eternità Karina Gauvin
Il Destino Anna Bonitatibus
Giove Luca Tittoto
Mercurio Georg Nigl
Calisto Christiane Karg
Endimione Tim Mead
Diana Anna Bonitatibus
Linfea Guy de Mey
Satirino Dominique Visse
Pane Martin Mitterrutzner
Silvano Alexander Milev
Giunone Karina Gauvin
Le Furie Anna Bonitatibus
Le Furie Dominique Visse
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 星座の大熊座にまつわる神話をもとにしたカヴァッリの作品です。このプロダクションの初演は2005年5月、何度も再演されているので人気の公演なのでしょう。少々Hな部分もあるのですが、茶目っ気ある面白い公演でした。
 登場人物が多いのは古楽にありがちですが、到着日とあって例のごとく、途中意識が飛んでしまってわけが分からなくなってしまったのは<(_ _)>無念であります。

 歌手陣は初演時からずっと出演しているヴィセをはじめ、ほとんどの人が再出演で息はピッタリ。
 タイトルロールのカルクは今回のシリーズからの出演ですが、最も印象に残ったのがカルクでした。小柄で細身にもかかわらず、声のなめらかで豊かなことといったらタイトルロールの重責を担うに充分。ベルリンフィルなどでも歌っているので気になっていた人ですが、納得のパフォーマンスでした。夏にまた聴く予定があるので楽しみです。


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トリスタンとイゾルデ・・Staatsoper Unter den Linden・・2018/3/11 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG, BÜHNENBILD Dmitri Tcherniakov

TRISTAN Andreas Schager
KÖNIG MARKE Stephen Milling
ISOLDE Anja Kampe
KURWENAL Boaz Daniel
MELOT Stephan Rügamer
BRANGÄNE Ekaterina Gubanova
EIN STEUERMANN Adam Kutny
STIMME EINES JUNGEN SEEMANNS, EIN HIRT Linard Vrielink
TRISTANS MUTTER Kristin Becker
TRISTANS VATER Mike Hoffmann
ENGLISCHHORN Florian Hanspach-Torkildsen
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 前日にノイエンフェルスの演出を観たあとではチェルニアコフも普通の演出家と思えてしまったというのが正直なところ。同じチェルニアコフ演出の『パルジファル』がカルトという社会問題を浮き彫りにして衝撃的な結末だったので、今回はどんな問題に焦点を当てるのか期待してました。これが期待外れとまではいかないまでも少々肩透かしぎみ。焦点を当てたのはトリスタンの内面で、両親の思い出がトラウマになっているという設定のようでしたが、今一つ分かりにくく説得力に欠けていた感がありました。それでも前日同様、どんな演出であろうが鑑賞できた満足感は高かったのは言うまでもありません。

 チーム・バレンボイムの『トリスタンとイゾルデ』はマイヤーさまのベルリンでの最後のイゾルデに思いがけず立ち会えたのが2014年12月。溺れそうな『トリスタンとイゾルデ』はもう聴けないのかと一種の喪失感に襲われたものです。しかし、バレンボイム&SKBの溺れそうな『トリスタンとイゾルデ』は健在でした。それでも歌手と演出が変わったのですから全体の印象が変わらないわけはありません。

 クプファー演出マイヤー&ザイフェルトの印象が冷たい北の海を照らす青白い月だとすると、チェルニアコフ演出カンペ&シャーガーは空も海も真っ赤に染める夕日。つまり、熱い、ということ。三幕に夕日に照らされている場面があるからというわけではなく、そう感じた一つの要因はシャーガーの個性によるもののような気がしてます。なんといっても『ジークフリート』でのシャーガーの熱い歌いっぷりにはのぼせて温泉卵になったような感覚になってしまったことがあるのですが、今回は温泉卵とまではいかなかったものの、演出の演技付けも熱いと感じた大きな要因でした。

 シャーガーの良さは正にヘルデンという声質と疲れを知らないエネルギッシュな歌いっぷりですが、バレンボイム先生は才能を見出すとその長所を最大限に生かすという方針のようで、このところチェルニアコフと組むことが多いのも出演者の個性に合った演出にするタイプだからだと想像するのです。ただ今回はエネルギッシュすぎる演技付けだったのではないかというところ。特に一幕終盤の薬を飲んでお互いの愛を歌う場面と三幕のトリスタンの狂乱ぶりにはバタバタと激しすぎる感は否めませんでした。今後再演を重ねて落ち着いてくるのかもしれません。
 
 ハマリ役があると時として何を歌ってもその役が浮かんできてしまうということがあります。『トリスタンとエレクトラ』『トリスタンとオルトルート』『トリスタンとゼンタ』こう書いただけで誰が歌ったか想像できてしまうのでは? [猫]自身は実演で聴いたわけではないので、このようなことを書くのは単なる思い込み以外の何物でもないのですが、今回聴く前から想像してしまったのは言わずもがな『ジークフリートとイゾルデ』にならないかな?ということ。結果として『ジークフリートとイゾルデ』とまではいかなくとも『ジークタンとイゾルデ』?といった雰囲気が無きにしも非ずでした。

 イゾルデ役のカンペはどんな役でもどんな演出でもこなせる貴重な歌手です。時代を現代に設定したことで意思の強い現代女性いった印象のイゾルデで、最後の『愛の死』は感動的でした。
 
 ブランゲーネとクルヴェナルは現代に設定した演出では従者というより友人という雰囲気。以前からチーム・バレンボイムの一員で唯一今回も出演したグバノヴァも元ウィーンのアンサンブルのダニエルも演出に馴染んで好演してました。

 マルケ王は本来ならアンサンブルのパーペが歌うのでしょうが、劇場のオープンが遅れて予定がずれたのに全てのスケジュールを合わせるわけにもいかなかったのは想像に難くありません。ミリングは大柄な人で貫禄のある歌いっぷりは文句なしでした。

 もう一つ演出で気になったのは紗幕が終始かかっていたこと。平土間でみているかぎりは視覚的にほとんど問題はなかったのですが、歌手にとって良いことは何もないのではないかと疑問です。

 カーテンコールは賞賛に溢れてましたが、惜しむらくは最後の一音が終わったとたんの半泣きブラヴォー。。。。平土間に座る多くの人達があきれ顔あるいは苦笑いで声のあった方を恨めしそうに振り向いてました。

 
 
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サロメ・・・Staatsoper Unter den Linden・・・2018/3/10 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Thomas Guggeis
INSZENIERUNG Hans Neuenfels

HERODES Gerhard Siegel
HERODIAS Marina Prudenskaya
SALOME Ausrine Stundyte
JOCHANAAN Thomas J. Mayer
NARRABOTH Nikolai Schukoff
OSCAR WILDE Christian Natter

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 元々メータが指揮を執る予定だったのが健康上の理由により降板。代わりはドホナーニと発表されて楽しみにしていたところが、演出が気に食わん!と降板。そう仰るのもごもっともでございます。ノイエンフェルスの演出は奇妙奇天烈、妙ちくりんで変てこりん、シュールでキッチュ等々、似たような意味の言葉を羅列したくなるものでした。
 結局、指揮を任されたのは若干24歳か25歳のグッガイス。誰それ?ではありますが、2016/17シーズンからバレンボイムのアシスタントを務めているとのこと。劇場係員に尋ねたところ、オペラの指揮を担当するのは初めてだそう。そう聞いて、うっそ~~~~と言いたくなるほど見事な演奏で、どれだけ演出が奇妙奇天烈であろうが妙ちくりんで変てこりんであろうが鑑賞できて満足感の高い公演でした。
 もっとも、[猫]は悪乗り学生のような発想を楽しむ能力は鍛えられているため、奇妙奇天烈妙ちくりん変てこりんな演出も面白く楽しめるのであります。

 キャスト表を見てのとおり、『サロメ』の原作者であるオスカー・ワイルドが黙役で登場するのですが、ノイエンフェルスの演出は狂気と恍惚の作品『サロメ』の原作者であるオスカー・ワイルドが霊のように舞台にいたとしたら、これくらいやっちゃうんじゃない?という発想。その発想自体を楽しむという趣向で、他に何か意図があったり、問題提起しているとは[猫]には思えませんでした。オスカー・ワイルドという黙役はノイエンフェルスの想像上の人物なので、中身はワイルドではなくノイエンフェルスというところ。こいつがとんでもなくチャラけた野郎で登場人物を煽ることといったら悪乗り学生の発想と思いきや、プロの技で上手くブラックコメディ風に仕上げていたので、品がないという部分が散見されてもそれほど嫌な印象は残りませんでした。セットや衣装はモノトーンでクールな印象、登場人物はアニメキャラ、それらがドライな仮想空間を創り、ある時は苦笑、ある時は・・へそで茶を沸かしちまうから勘弁して・・と笑い飛ばせる面白さになってました。とはいえ、もちろん声を出して笑うなどということはなく、素晴らしい音楽に観客は集中して鑑賞してました。

 チャラケているのは黙役のオスカー・ワイルドだけで、歌手はチャラケた野郎に煽られつつも極めて真面目に演出にそって歌い演じてました。(チャラけた野郎も演出にそって真面目に演じていたわけですが)
 チャラケ黙役以外、個人的に登場人物の中でこの演出のキーパーソンと思えたのがヘロデ。尊い神聖な人物と狂気の人々という登場人物の中で、ヘロデは先王を殺害した悪人とはいえ恐れを知る人物という点で唯一の凡人です。サロメの踊りの場面は踊りではなく、サロメがオチャラケ野郎に煽られながら狂気へと導かれる様子を見せつけられるのですが、その様子にオロオロと怯えるヘロデに同じ凡人として共感を覚えてしまったしだい。ジーゲルが実に上手くリアルに演じていてその後の歌も冷や汗タラタラの様子で「サ、サロメちゃん、尊いお方のく、くびなんて、そ、そんな、できるわけないでしょ。他のお宝だったら何でもあげるから、ど、どうかひとつ、あのお方の首などと恐ろしいことを言わないで」という雰囲気。サロメの狂気に負けて恐ろしさに逃げ出してしまう情けない凡人でしたが、最後戻ってきて「この女を殺せ」と叫んだとき、凡人が英雄と化した瞬間でした。殺人を命令してるのに英雄はなかろうというのが普通の感覚ですが、仮想空間のような演出では悪夢を終わらせた英断でありました。
 ここではたと気が付いたのはこの凡人の名前、HERODES・・・ヒーローです・・じゃん!!・・・無論、こんな浅はかなオチで納得したのは[猫]くらいであろうという自覚はあります。ハイ。
 ジーゲルは1月に観たゼンパーでのミーメ役でも好演してましたが、間違いなくドイツを代表するキャラクターテノールの一人であります。
 タイトルロールのシュトゥンディーテは目力のある人で、小悪魔的アニメキャラが似合って変わった演出にもかかわらず好演。
 アンサンブルのプルデンスカヤは相変わらず抜群の安定感で上質の歌いっぷり。役によってはぎこちなく見えた演技も今回のように高慢な役は自然体でハマリ役です。

 どれだけ演出が妙ちくりんであろうが、シュトラウスの深みのある豊穣な音楽に浸れた満足感は揺るぎなく、実際カーテンコールではノイエンフェルスが出てこなかったこともあって、賞賛しかありませんでした。
 中でも最も賞賛されたのがそのシュトラウスの音楽の美しさを余すことなく表現したグッガイス&オケ。オペラデビューだったグッガイスにとって幸運だったのはメータが降板してドホナーニに決まった時点で最後の一公演だけは任されていたため準備する時間は充分にあったこと、なんといってもホームである劇場で勝手知ったるオケとの仕事だったこと、それに師匠のバレンボイムが同時期にホームにいたことも心強かったに違いありません。指揮者の世界ではまだまだ若造と言われてしまう年齢で、今後さまざまな経験を積まなくてはいけないことと想像しますが、来シーズンから早くもシュトゥットガルト劇場のカペル・マイスターに就任するとのこと。ここリンデンで『ヘンゼルとグレーテル』『魔笛』の指揮を任される他、TAWでも『オベロン』を指揮する予定です。
 それにしても歌手にしろ指揮者にしろバレンボイム先生の才能を見出して育成する力には感服させられることしきり。自身の活動だけでなく、次世代の音楽界への貢献度も計り知れないものがあります。

 また、高品質の音楽があるからこそ、どんな表現の演出でも可能だということを改めて思ったのでした。

 ということで、以下蛇足。
 最近日本でも積極的に読み替え演出に取り組む姿勢が見受けられますが、高品質の音楽というのはなかなか一朝一夕ではいかないのではないか?歌手は呼べてもオケは長い歴史に裏打ちされた本場のオケのようにはいかないのではないか?という疑問はぬぐい切れません。ただ本場であっても常に高品質の音楽というわけではなく、どれだけ演出が良くても不満が残る公演があるのも事実です。好不評にかかわらず、さまざまな取り組みがあるのは良いことに違いありません。
 さらに疑問に思うのは、日本では全ての人が共通の認識で鑑賞することを好むのか?ということ。本場では解釈は鑑賞する側一人一人に委ねられ、さまざまな解釈が可能という余地があり、あえて謎を含ませている演出も見受けられます。個人的にもそういった演出の方が好ましく、演出家が解説することは無粋でしかないと思うのですが、どうも日本では演出家が解説する場合も散見され、鑑賞する側が受動的すぎる感があります。
 
 そんなわけで、やはり日本では公演に足を運ぶ気がしないので、これからもやりくりして遠征に励む[猫]であります。
 


 
 
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パサジェルカ・・・Oper Frankfurt・・・2018/3/9 [オペラ]

 3月の旅行は3泊3公演。どの公演もそれぞれ異なる趣で充実したもので、鑑賞旅行としてはハズレもオマケもなく理想的でした。。
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Musikalische Leitung  Leo Hussain
Regie  Anselm Weber

Lisa  Katharina Magiera
Walter  Peter Marsh
Marta  Jessica Strong
Tadeusz  Iain MacNeil
Katja  Elizabeth Reiter
Krystina  Maria Pantiukhova
Vlasta  Cecelia Hall
Hannah  Judita Nagyová
Yvette  Angela Vallone
Bronka  Joanna Krasuska-Motulewicz
Alte  Barbara Zechmeister
Erster SS-Mann  Dietrich Volle
Zweiter SS-Mann  Magnús Baldvinsson
Dritter SS-Mann  Hans-Jürgen Lazar
Steward  Michael McCown
Passagier  Thomas Faulkner
Oberaufseherin  Margit Neubauer
Kapo  Friederike Schreiber
Frankfurter Opern- und Museumsorchester
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 アウシュヴィッツを題材とした作品。『パサジェルカ』はポーランド語で女性旅客という意味で、原作は強制収容所に収容されていた経験があるゾフィア・ポスミシュです。作曲したヴァインベルクも家族がホロコーストの犠牲者であり、自身もソ連に亡命した後逮捕される等時代に翻弄させられた人生を送ったそうです。

 あらすじは、かつてアウシュヴィッツの看守を勤めていたリザが時を経て結婚、夫と船旅に出たところ、船客の中にかつて収容されていたマルタにそっくりな人物を発見したことから、回想と幻想が交錯していく物語です。劇場H/Pで多言語、ドイツ語と英語の字幕とあったのですが、ドイツ人夫妻はドイツ語、船員は英語、マルタとその恋人タデウシュはポーランド人なのでポーランド語、収容されている人達は欧州各地から来ていたのでロシア、フランス等々でした。
 舞台は回転することによって船の側面と内部が交互に現れるのですが、内部はアウシュヴィッツ収容所の回想シーンとなることがほとんどで、鑑賞していてなんとも重苦しく辛く、それだけ現実味を帯びた痛ましさがあり、伝える力のある作品でした。
 特にPAで番号が次々と呼ばれ、一人、また一人と後ろに連れ去られるシーンは、思わず耳に手を当てたくなるもので、無情で冷酷なアナウンスは『カルメル派修道女の会話』のギロチン音に等しいものでした。

 話の内容から緊張感に満ちた演劇性の強い作品という印象が残りましたが、心にしみる歌もあります。何よりホロコーストの悲劇から生きながらえたからこそ後世に伝えなくてはという思いが溢れる芸術作品でした。

 このプロダクションは2015年3月初演で今回は再演です。非常に完成度の高い公演でした。

 
 
 
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