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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Bayerische Staatsoper・・2018/9/30 [オペラ]

 前日にザックス役のコッホが降板、代役はフォレとのメールあり。フォレなら文句なしとは思ったものの、考えてみるとこの日はベルリンでバラクを歌っているはずで、翌日ザックスは辛そうでしたが・・・。
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Musikalische Leitung Kirill Petrenko
Inszenierung David Bösch

Hans Sachs Michael Volle
Veit Pogner Georg Zeppenfeld
Kunz Vogelgesang Kevin Conners
Konrad Nachtigall Carsten Sabrowski
Sixtus Beckmesser Markus Eiche
Fritz Kothner Michael Kupfer-Radecky
Balthasar Zorn Ulrich Reß
Ulrich Eißlinger Stefan Heibach
Augustin Moser Thorsten Scharnke
Hermann Ortel Levente Páll
Hans Schwarz Peter Lobert
Hans Foltz Timo Riihonen
Walther von Stolzing Klaus Florian Vogt
David Daniel Behle
Eva Julia Kleiter
Magdalene Claudia Mahnke
Nachtwächter Milan Siljanov

 開演前にもコッホの代わりにフォレが歌うとアナウンスがあり、さらに、フォークトが風邪、え~~~聞いてないよとばかり観客の失望の声、でも歌うということで拍手でした。

 バイロイトのコスキーの演出はワーグナーの生涯と反ユダヤ主義に焦点を当てながらもコメディとしての作品を損なうことなく描きだしたものでしたが、今回のベッシュの演出もベックメッサーへの苛めが酷く、大戦前の反ユダヤを連想せずにはいられませんでした。ただし、コミカルな部分はあっても、その結末はとてもコメディとは言えるものではありません。ベッシュはドイツ人だからこそ過去にあった事実を辛辣に描いたのかもしれません。一方でナチスに利用されたことでこの作品に付きまとう影の部分を払拭するために、反ユダヤ主義批判に利用した、つまり作品そのものの中立性を示したとも取れ、さらには現代のさまざまな虐め問題に通じるものがあるようにも思えました。
 当時、反ユダヤの状況に疑問や後ろめたさを感じていたドイツ人は少なからずいたに違いありません。しかし、皆自らの保身のために見て見ぬふりをしていた。それだけでなくジレンマをかかえながらも反ユダヤに加担した人もいたかもしれません。暴力が蔓延る荒廃した街でフォレ演ずるザックスはそんな人物の一人に見えました。
 ところで、この日の公演は開演が午後3時と早く、ベルリンから移動して準備できたことは舞台上での動きの確認が主で、音楽的な面は多くを求めることはできなかったのではないでしょうか。もちろん変更が観客に連絡があったのは前日でもフォレにはそれより早く連絡がいったはずで、なんらかの方法で演出のコンセプトや音楽的要点は説明していたことでしょう。それにフォレは元ここバイエルンのアンサンブルで、勝手知ったる劇場です。とはいえ、ここ数年はベルリンで歌うことが多く、ペトレンコともそれほど多くの共演機会はなさそうです。ペトレンコとしては多くを要求することはせず、要点のみで、こちらが後は合わせますというところではなかったかと。そう推測してしまうほどフォレは自然体で見事に演じ歌い、ペトレンコ指揮の演奏はフォレが歌う場面では優しく寄り添うかのようでした。それでも終了後には激しく突き放すような演奏の印象が残ったのは演出のコンセプトと重なるもので、ペトレンコがフォレを上手く公演に溶け込ませたとも言えそうです。
 
 始まる前に不調のアナウンスがあったフォークトは確かに終盤ハラッとするようなときがなきにしもあらず。それでもその緊張感は劇的信憑性にも通じて、この役は少し調子悪いくらいで歌った方が良いくらいではないかと思えたのですが、それは少々贔屓目なのかもしれません。
 ツェッペンフェルトはこの日も盤石。今やドイツ人バスの双璧はこの人とパーペ、しかも調子の悪いときがあるのかと思うくらい、いつも上質の歌声を披露してくれます。
 ベックメッサーをコミカルな演技を交えながら上手く演じていたアイヒェですが、散々苛められた上に、歌合戦の舞台に上がる階段が壊れるというアクシデントに転びそうになって踏んだり蹴ったり。なんでよりによってベックメッサーの番で壊れるかなー。
 以前聴いた時よりも声が細く感じたのがクライターとベーレ。これは劇場の違いということなのか、あるいは役柄設定の違いということなのか分かりませんが、クライターはシラーで聴いたときよりも年齢的に若い少女のようで、ベーレはバイロイトのときと異なり少しトボけた感じのダフィットという印象でした。
 嫌悪感を抱いたとき、反吐が出ると表現するときがあります。歌合戦の余興で酔っぱらったダフィットが最後に取った行動こそベッシュが伝えたかったことかもしれません。

 フォレを代役として得た公演は、音楽的にはペトレンコの元々の構想が全てに行き届いたか否か分からず、辛辣な演出に感動という言葉は使い難くもありましたが、妙を得たと言っても良いような一期一会の公演でした。
 カーテンコールは称賛に溢れ、特にフォレには最大級の称賛が送られました。
 
 
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ラ・ボエーム・・・Opernhaus Zürich・・・2018/9/29 [オペラ]

 一生見なくてもよいと思っている演目。懲りずに見てブツブツ言うようなことがあったら学習能力のなさに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とまたまたチコちゃんに叱られてしまいます。一年前だったらこの日はバーデンバーデンへ行ってラ・ルペッジャータ&サバドゥスの公演に間違いなく足を運んでいたのですが、あちこち行ってしんどい思いをしてもやはり「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という羽目になるので、いずれにせよ叱られるなら身体が楽な方が良しとしました。それに見なくても良いといっても見たくないわけではありません。
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Musikalische Leitung Speranza Scappucci
Inszenierung Ole Anders Tandberg

Rodolfo Benjamin Bernheim
Marcello Yuriy Yurchuk
Schaunard Huw Montague Rendall
Colline Stanislav Vorobyov
Mimì Guanqun Yu
Musetta Georgia Jarman
Benoît Pavel Daniluk
Alcindoro Valeriy Murga
Parpignol Tae-Jin Park
Doganiere Arjen Veenhuizen
Sergente dei Doganieri Arthur Pirvu

 ロドルフォと仲間達は演劇仲間、小さな劇場は彼らの住まい、ロドルフォは劇作家兼演出家、マルチェロは舞台美術担当という設定。少々無理のある場面もありましたが、途中コミカルなアイデアもあり、あったり前田のクラッカー的演出、つまり、このギャグが流行った60年代から大して変化のない眠気をもよおすような演出よりは良い気はしました。
 ロドルフォ役はついドイツ語読みでベルンハイムと書きたくなるのですが、フランス人。調べるとベルネームと出てくるのでベルネームがフランス語読みなのでしょう。元チューリッヒのアンサンブルということで以前ここで聴いたことがあり、良いテノールと思ってはいたのですが、順調に活躍の場を広げてこのところあちこちの有名歌劇場で名前を目にするようになりました。確かに大劇場でも歌える豊かな声量、感情表現と言った面でも秀で、今回の歌手の中では抜きんでた存在でした。
 調べるとミミ役のユもザルツブルク『二人のフォスカリ』で聴いていたのですが、興味のない演目だったこともあってか忘れてました<(_ _)>。今回のミミは中低音に素朴な柔らかさがあって好印象。
 演奏もその他の出演者も活き活きとしてチームワークよく、なにより最後は泣けたので納得。

 ブツブツ文句を言うようなことも無く、チコちゃんに叱られずにすんだかとホッとしているような感があるのが我ながら笑えます。どうもチコちゃんが脳裏に焼き付いて離れません。脳裏チコちゃん焼き付けの刑に処されているようです<(_ _)>



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試練の中の真実・・Opernhaus Zürich ・・・2018/9/28 [オペラ]

 相変わらずの放置。単に怠惰なだけというのは否めませんが、帰ってからすぐに書く気がしないのは次の遠征計画を定めないと落ち着かないというところ。10月上旬には帰国したにもかかわらず、今回は次がなかなか決まらず四苦八苦(大袈裟<(_ _)>)、ようやく決めたのでボチボチ書くとします。5公演溜まってるので全て書くのに年を越してしまうのは間違いないのですが、なんとか次の旅行の前までには書きあげたいものです。

 秋の旅行は古楽&ワーグナー。ただ最初の二日をベルリンにするか、チューリッヒにするかが迷いどころでした。結局、直行便があるということと、その後ミュンヘンに移動することを考えてチューリッヒに入りましたが、ベルリンでは指揮のミンコフスキが怪我のため降板ということで、後ろ髪を引かれる理由は減少した気がしました。
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Musikalische Leitung Ottavio Dantone
Inszenierung Jan Philipp Gloger

Rosane Anna Devin
Rustena Liliana Nikiteanu
Melindo Christophe Dumaux
Damira Delphine Galou
Zelim Deniz Uzun
Mamud Richard Croft
Orchestra La Scintilla
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 ヴィヴァルディはヘンデルと共に歌唱技術を堪能できる作品が多いので聞き逃せません。ただそれほど上演機会は多くないせいか、あらすじを調べてもネット上では大まかなものしかありませんでした。
 君主マムードには第一夫人ルステナと第二夫人ダミラがいて二人同時期に出産。ダミラを愛しているマムードはダミラの子に後を継がせようと生まれてすぐ二人の子を入れ替えたことが悲劇の始まり。子供が長じ、いざ遺産相続となるとルステナの産んだ子ゼリムが不憫でならなくなったマムード。全てを明かしてゼリムに財産を譲るとしたからドッロドッロの顛末に。さらにメリンドの恋人ロザーヌは元ゼリムの恋人というのもドッロドッロ感を増す要素ですが、オリジナルの話は上手く折り合いをつけてハッピーエンドというのがいかにも古楽の作品であります。
 今回の公演は時代を現代に設定した演出で、ハッピーエンドなど、そうは問屋が卸すはずはありません。登場人物一人一人の個性が際立つ演出で分かりやすく、シニカルな面白さで楽しめましたが、最後はハッピーエンドではないと予想しつつも・・・ガーン!・・・でした。

 ロザーヌ役はオリジナルの話よりも更にしたたかな役柄設定で、なんと父親のマムードにまでアプローチするという大胆さ。いつもここチューリッヒで活躍しているフックスがご出産のため降板したのは残念でしたが、代役のデヴィンが実に上手く演じ歌っていて好印象。したたかでありながら最後はオリジナルの話どおりにメリンドへの愛を貫くのですが、その結末がガーン・・・でした。
 ゼリム役はチューリッヒの若手アンサンブル。バイエルンの若手育成プログラム出身で『炎の天使』に出演していた人でした。その時のことはほんのチョイ役だったとあって覚えてないのですが、物憂げでまろやかな歌声で好演。役作りが非常に上手く、愛人の子、さらには恋人も去ってしまったということで暗く寂し気なニュアンスに溢れて適役でした。
 メリンド役のデュモーは見事なアジリタ三昧を披露。ゼリムが後を継ぐとなった後のブチギレ状態は強烈で、声質といい雰囲気といい、悪役だけでなく、ブチギレ役も独特の存在感を示せる人です。 
 ダミラはメイドで愛人という設定。いつまでたっても結婚してくれないマムードに対して不満を爆発させてかなり激しく演技をしても様式感を逸脱しない歌唱だったのがガルー。
 諸悪の根源とでもいったマムードは品は良いけど優柔不断で少々情けないオッサン。正妻のルスティナはおっとりと上品な雰囲気で実子ではないと分かった後でもメリンドに対しても実子であるセリムに対しても愛情溢れる人。それぞれベテランとあってそつなく演じたのがクロフトとニキテアヌ。

 ダントーネ指揮チューリッヒの古楽オケ、ラ・シンティッラの演奏は演出や歌手に添ったテンポの変化や間合いで完成度が高く、結末に愕然としながらも楽しめた公演でした。
 
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