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神々の黄昏・・新国立劇場・・2017/10/17 [オペラ]

[指揮]飯守泰次郎
[演出]ゲッツ・フリードリヒ
ジークフリート:ステファン・グールド
ブリュンヒルデ:ペトラ・ラング
アルベリヒ:島村武男
グンター:アントン・ケレミチェフ
ハーゲン:アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ:安藤赴美子
ヴァルトラウテ:ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ:増田のり子
ヴェルグンデ:加納悦子
フロスヒルデ:田村由貴絵
第一のノルン:竹本節子
第二のノルン:池田香織
第三のノルン:橋爪ゆか
読売日本交響楽団

 しばらくワーグナーは聴かなくてもよいかと思ってしまって、この公演のチケットを購入してあったのをあやうく忘れてしまうところでした。
 
 冒頭、気になってしまったのは音。いつもより良くない??いえいえ、そう感じてしまったのは読響のせいではないとすぐに気がつきました。スカラやSKBなど良い音のオケばかり聴いてきた後だから、などと書くとただの嫌なヤツではありますが、感覚とはそんなものかと。4月に某所で聴いたリングを思い出したら、悪くない、むしろ良い音だと即効で脳内修正完了でした。

 演奏はこれまでの3作と同様、時間軸が伸びてしまうときもありましたが、見事な鳴らしっぷりでごまかし、もとい、見事な鳴らしっぷりで最後に相応しい盛り上がりを見せたのでした。

 歌手はなんといってもグールド。4作全てにご出演の功績は賛辞しかありません。
 ラングは以前バイエルンで同役を聴いたときはブリュンヒルデというより、ブリュンルートかオルトヒルデでありましたが、今回はブリュンヒルトという印象。この最後のトがデになるまでにはオルトルートで聴きすぎたこともあってまだ時間がかかるかもしれません。それに聴く側の問題ではなく、根本的に声質がオルトルートのほうが合っているという面もありそうです。
 マイヤーさまのヴァルトラウテは相変わらず超一流。今後もまだまだ第一線でご活躍いただけることでしょう。

 演出については何も書く必要はないと思うのですが、以前のウォーナーリングはあっさりとほかしてしまったとか。それが理由というわけではないのですが、[猫]もあっさりと「クラブ・ジ・アトレ」カードをほかしました。今シーズン始まったばかりとはいえ、もう今シーズン来る機会はなさそうですし、その先のことを考える必要があるとも思えないので。それにこういったことは捨てる神あれば拾う神あり。でもウォーナーリングはどこも拾ったという話は聞かないので、もったいないことでございます。

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大地の歌・・・Festspielhaus Baden-Baden・・・2017/10/7 [バレエ]

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John Neumeier Choreographie
Hamburg Ballett John Neumeier
Klaus Florian Vogt Tenor
Benjamin Appl Bariton
Simon Hewett Dirgent
Deutsche Radio Philharmonie Saarbrücken Kaiserslautern
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 前日の悪天候の影響でDBの運行が乱れ、3時間遅れの17時半にようやくバーデンバーデンに到着。それでも19時開演だったので余裕で間に合いました。

 ドイツが誇る巨匠ノイマイヤー率いるハンブルクバレエの公演ですが、元々バレエにはほとんど興味がないので、フォークトが出演しなければ失礼ながら気にも留めない公演でした。ただフォークトにとっては日本公演のすぐ後というのが少々心配のタネ。疲労から降板の可能性もあるかと覚悟はして臨みました。
 しかし、そんなことは無用の心配でした。疲れなど微塵も感じることのない熱唱ぶり。大地の歌は奇数章をテノールが歌うことになってますが、奇数章は激しく歌うので、バレエの公演といってもバレエは背景と化してしまいました。歌う位置はテノールが舞台の左端、バリトンは右端でしたが、奇数章では声に引力があるかのごとく視線が左端に向かってしまい、主役はテノール。これで良いのか悪いのか?バレエの公演としては偶数章を歌ったバリトンの方が自然に溶け込んでいるように感じてしまいましたが、これは[猫]自身のバレエには興味がないという個人的嗜好が要因という気もします。
 歌詞は李白、孟浩然、王維などの唐詩に基づいたものとあって、音楽にも東洋的な部分がありますが、バレエの演出も空間の取り方など、シンプルな中に東洋的な美しさを感じるものでした。ダンサーの配役に東洋系の人達が多かったのも唐詩ということを意識したのかもしれません。
 一人の青年の心模様を表現した演出は、最近オペラ公演でも度々見受けられる分身の手法を取り入れたものでした。
 青年の物語には若々しい声のフォークトこそが相応しく、良いのか悪いのか?という自問自答はただの独り言でしかないのかもしれません。
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ゲーテのファウストからの情景・・STAATSOPER UNTER DEN LINDEN・・2017/10/6 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG  Daniel Barenboim
INSZENIERUNG  Jürgen Flimm

FAUST, DOCTOR MARIANUS  Roman Trekel
GRETCHEN, UNA POENITENTIUM  Elsa Dreisig
MEPHISTOPHELES, BÖSER GEIST, PATER PROFUNDUS  René Pape
MARTHE, SORGE, MATER GLORIOSA  Katharina Kammerloher
NOT, MAGNA PECCATRIX  Evelin Novak
MANGEL, MULIER SAMARITANA  Adriane Queiroz
SCHULD, MARIA AEGYPTICA  Natalia Skrycka
ARIEL, PATER ECSTATICUS  Stephan Rügamer
PATER SERAPHICUS  Gyula Orendt
SOLI  Narine Yeghiyan Florian Hoffmann Jan Martiník
SCHAUSPIELER FAUST, HEROLD  André Jung
MEPHISTOPHELES, LIESCHEN  Sven-Eric Bechtolf
GRETCHEN, ASTROLOG, ENGEL, TÜRMER  Meike Droste
PROLOG, EPILOG  Anna Tomowa-Sintow
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 待望のリンデンのオープニング。3年のはずが7年ですから、幼稚園生が中学生になってしまいました。
 
 このオープニングは本来の予定よりも遅れたので、世界中の公演、歌手の人達に影響があったに違いなく、実際日本でもここのアンサンブルであるパーペがバイエルンの公演に参加できないことになってしまいました。それでもネトレプコが急遽来日公演をしたのもおそらくはここのスケジュールが開いたのでしょうから、良い影響もあったのかもしれません。

 何から書いて良いものやら、公演の感想、新装の劇場についてなど、なんもかんも、てんこ盛り!です。

 まず、公演の印象がてんこ盛り!ファンタジー。ということで、シューマンの『ゲーテのファウストからの情景』の感想から。
 元々歌劇ではないこの作品が演出つきで上演されるのは珍しいことです。
 作品構成がゲーテの作品からいくつかの場面を抜き出したものであるため、演出は曲の間を劇で補うという趣向。そのためファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスは歌手と俳優の二人ずつ。ただし交互に舞台上に出てくるというわけではなく、二人共舞台にいることがあったり、劇中劇風の様相も呈していたのが複雑な二重構造という感がありました。それにその他の登場人物も多く、後半は児童合唱に混成合唱と舞台上は人で溢れかえって、まず物理的にてんこ盛り!状態。
 歌の部分は独語、英語の字幕があっても劇の台詞は全く字幕なし。もちろんドイツ人の人達あるいは独語が堪能な人達には全く問題なしであって、劇の台詞に字幕をつけるのは前日のようにフランス語圏で英語の台詞だったら当然でも、自国の言葉に字幕というのは役者さんたちがやりにくいだけでなく、タイミング悪く字幕が先に出てしまうと不興になってしまいます。
 しかし、独語が堪能でない[猫]の感想は南海、ホー、クス ←誤変換<(_ _)>
難解、ほー、クス
ここの舞台ってこんなに奥行があったのかと驚きの(@o@)ほー
アリエルの宙づりや鬼の子達のかわいらしさに(・m・ )クスッ。
 それに、こんな高齢者にしか分からないオヤジギャグほどしょーもないものではないにせよ、内容的にも茶目っ気、洒落っ気のある遊び心や意味不明の部分がテンコ盛り!でありました。
 難解ついでに、4人の灰色の魔女たちは不気味な様子ではあっても素敵なロングドレス姿で、なんだか難解キャンディーズ。栄光の聖母と悔い改めた女たちはピンクの袈裟を身に着けた僧侶で、難解ピンクレディー<(_ _)> こんなオヤジギャグはいい加減にするとして、このところ多くの演出家に仏教への傾倒傾向が見受けられるのは時代の反映なのかもしれません。
 

 てんこ盛り演出はギャル曽根の胃袋のような脳味噌を持ち合わせていない[猫]には鑑賞しながらの消化は難しく、アップアップ状態になりそうではありましたが、色鮮やかな巨大ポップアップ絵本のようなセットと可愛らしい衣装は御伽噺風という一面もあり、何より音楽の浸みわたるような美しさと輝かしさに飽きることなく鑑賞することができました。特に最後の合唱の神々しいばかりの圧倒的な力は筆舌に尽くしがたく、長い歳月を経て再開を果たした歌劇場の第一歩に相応しいものでした。
 
 シラーという小さな仮小屋で7年もの間、公演数が減っただけでなくオケピに入る人数も減って、オケのメンバーの中にはオペラ感が鈍ってる人もいるのではないかと考えたりしてましたが、ただの素人の杞憂でありました。
 音響は明らかに残響感が強くなってドレスデンに近いような印象で、演目によってはこの音響に慣れるのに時間がかかることもあるかもと考えたりもします。でもそれも素人の杞憂なのかもしれません。個人的には以前のドライな音響が好みだったので、少々寂しい気もしてますが、以前の建物のまま続けていたら突然床が抜けて大事故になっていたかもしれず、無くなってしまったものを追っても仕方ありません。とにかく再開に至ったことはめでたい\(^o^)/万歳\(^o^)/

 歌手は全員アンサンブルメンバーとここの国際オペラスタジオのメンバー(研修生のようなものだと思います)だったのも喜ばしいことでした。なんといっても7年間も待って再開を一番喜んでいるのはオケ、アンサンブル、コーラスなど関係者の人達なのですから。それぞれ活き活きとチームワーク良く完成度が高かったのは言うまでもありません。

 てんこ盛りで舞台がごった返して見えるときも、目立っていたのが背の高いトレーケル。特にマリアヌス博士となった後は品格のある声と鍛え抜かれた体躯で崇高な雰囲気に溢れていたのが印象的でした。
 昨年まで国際オペラスタジオのメンバーの一人だったドライシヒ(ドイツ語読みしましたが、フランス人で姓はデンマーク人である母親と同じなので本来は別の読み方だと思います)が今シーズンからアンサンブルメンバー入り。1991年生まれということでまだ20代ですが、研修時代からチョイ役でも光っているという印象はありました。アンサンブルになって早々、今シーズンはこの他にもヴィオレッタなども歌うのですから大活躍しそうです。昨年のオペラリアで1位となっただけあってどの音域でも発声に無理がなく、透明感のある若々しい声はグレートヒェンにぴったりでした。既に舞台慣れしている感もあるのは研修時代からの積み重ねもあるのでしょう。3月にボルドーで観た『オルフェオ』でも同じ1991年生まれのアスプロモンテが大活躍してましたが、将来有望な若手を発見できるのも遠征の楽しみです。

 尚、今シーズンからアンサンブルメンバーの中にシャーガーの名前も加わってました。昨今の引っ張りだこ状態にまで至った経緯を鑑みれば、オファーがあったら受けるのは自然なことのような気がします。

 次に新装の劇場について  ↓修復前 
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               ↓修復後
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 外観からしてピンク色になってかわいらしく、内部はピッカピッカ!以前は廊下に写真などが飾ってありましたが、それもまだなし。パッと見、このまま続けて良さそうなのですが、化粧室は隔階閉鎖状態。女子化粧室の扉から男性係員が出てきて?と思っていたところ、その扉の向こうは更に通路となっていて壁一面ベニヤ張り。楽屋に通じる扉もあるので間違って他の扉を開けないように係り員が配置されていたので、さすがに再度閉鎖して完成させないといけない状態ではありました。

 音響改善のため高くした天井 ↓修復前(2階席より撮影) ↓修復後(平土間より撮影) 
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 平土間前方で聴いていると台詞もPA使用感が全くなく自然に聞こえました。ただし一か所だけ明らかにエコーをかけた部分があり、上階では常にPA使用感があったかもしれませんし、逆に台詞が聞き取りにくいことがあったのかもしれません。
 歌手にとっては間違いなく歌いやすい劇場になったはずです。

 劇場のボックスオフィースは劇場内部ではなく、左側にプレハブの小屋が設けられていました。改修前は内部にあった気もするのですが、7年以上前のことでシラーと混同しているかもしれません。

 今シーズン最も楽しみなのは『トリスタンとイソルデ』。来シーズン以降はヘアハイムの『ローエングリン』と数年前に話題になった『マイスタージンガー』をぜひ再演してほしいと願っているのです。

 以上、なんもかんもてんこ盛りでした。
 

 
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ミランダ・・Opéra Comique・・2018/10/5 [オペラ]

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Direction musicale Raphaël Pichon
Mise en scène Katie Mitchell
Librettiste Cordelia Lynn

Miranda Kate Lindsey
Prospero Henry Waddington
Anna Katherine Watson
Ferdinand Allan Clayton
Le Pasteur Marc Mauillon
Anthony Aksel Rykkvin / Marius Valero Molinard

Chœur et orchestrePygmalion
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 演出家ケィティ・ミッチェルと指揮者ラファエル・ピションがシェークスピアとパーセルの作品をもとにして新しく創作したセミオペラです。(休憩なし1時間半)

 『ミランダ』は『テンペスト』に登場するプロスペローの娘の名前ですが、新作なのであらすじの調べようもありません。オペラ・コミックのH/Pでミランダの葬式から始まるということと、ミランダの人生が父親であるプロスペローに支配されたものだったということに焦点をあてた作品であることというくらいしか分かりませんでした。
 しかし、新作に限らず、何も調べずに臨んだり、あらすじを調べても鑑賞するときには忘れてしまっている<(_ _)>ときもあったりなので、いつもとそれほど変わらないだろうとイージーゴーイング。フランス語の字幕だけというのが少々不安でありましたが、分からなくても音楽を聴くだけでも満足できるに違いないということもありました。もともと何故この作品に興味を持ったかと言えば、ボルドーで鑑賞したロッシの『オルフェオ』がすごく良かったピション&ピグマリオンの公演だからです。

 英語の作品ですが[猫]の能力では歌詞は聞き取りにくいものです。しかし曲の間にPAで台詞が入ったので、それほど難解ではありませんでした。舞台は思わぬ方向に進んだので少々混乱しながらも、次はどう展開するのかという興味で最初から最後まで集中して鑑賞することができました。
 舞台は教会内部で展開。ミランダのお葬式に集う人々。葬儀が進行する中、突然鳴り響く不穏な音、乱入してきた挙動不審者、テロ?教会ジャック??ミランダは自分を支配し続けた父親に対して反旗を翻すべく大芝居を仕組んでました。
 結末はハッピーエンドではありません。何とも言えない複雑な気持ちに支配される結末ではありますが、父にも娘にも寄り添う人がいたのが救いでした。

 演出は教会内部の出来事ということが衝撃的で異様な緊張感をもたらし、思いもよらぬ場面では登場人物全員スローモーションになるという手法が観ている者の感覚に合って効果的でした。後日振り返ると現実味が希薄な設定にも思えるのですが、現代の問題をも内包する作品内容は考えさせられるものでした。

 パーゼルの『テンペスト』と『インドの女王』からの曲を再構築し、リブレットも新しい作品です。前日に聴いたファソリスの『タメルラーノ』と同様、ピション&ピグマリオンの演奏は古楽らしくテンポを大きく変えないのが好ましく、静かな緊張感を紡ぎだしてました。音が心地良いのも魅力です。
 最終日ということもあってか歌手の人達も完成度が高く、複雑な後味がありながらも満足感と充実感が残りました。
 
 考えてみると『リナルド』『タメルラーノ』も最終日。リンデンのオープニング公演と合わせて鑑賞できると考えて組んだ日程でしたが、いずれも完成度が高い公演だったことは幸運でした。

 元々フランスは古楽が盛んということでクリスティ&レザール・フローリサン、ミンコフスキ&レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル、ルセ&レ・タラン・リリク等々、錚々たるものがありますが、1984年生まれと若いラファエル・ピションの率いるピグマリオンも要注目です。

 

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