皇帝ティートの慈悲・・Palais Garnier・・2017/12/5 [オペラ]
Direction musicale Dan Ettinger
Mise en scène Willy Decker
Tito Vespasiano Michael Spyres
Vitellia
Sesto
Annio Angela Brower
Servilia Valentina Naforniţa
Publio Marko Mimica
ティトと言えばザルツブルクで観た斬新な公演が記憶に新しいですが、そのせいもあってか今回はオーソドックスという印象になった公演でした。演奏はほぼ譜面どおり、歌手はそれぞれのキャラが際立ち、モーツァルトの作品の良さを充分に味わったというところ。
モーツァルトに限ったことではなく、譜面どおりで登場人物のキャラが際立っていれば満足感が高いのは当前といえば当前なのかもしれません。現代的解釈を交え色々変化を加えた公演も思いがけない発見があるのでもちろん肯定派ですが、今回のようなオーソドックスな公演も肯定派です。
それに音楽的にはオーソドックスでも演出は現代的な感覚が盛り込まれ、衣装はクラシックでもセットは抽象的なものでした。秀逸だったのは登場人物の動きと演技でそれぞれの内面を浮き彫りにしていた点で、一つだけ例を挙げると、最後、王冠を頭からはずしてそっと下に置くティトには王としてではなく人間として寛容であれという姿勢が窺えて印象的な幕切れでした。
キャストはオリジナルから二人変更になってしまいましたが、元々ダブルキャストだったこともあって全く問題なし。
キャスト表を見て鑑賞する前からこれは質の高い公演になりそうという予感があったのは脇役にバイエルンのアンサンブルであるブラウアーとウィーンのアンサンブルであるナフォルニツァがいることで、実際にモーツァルトは脇役を含めて全員が充実していると満足度が高いということを再認識した公演でした。(二人共既にアンサンブルを離れて独立したかも?)
主役級の三人はいずれも初めて聴く人達でしたが、それぞれ役のイメージに合っていて、スパイヤースはいかにも穏やかそうな外見が懐が深い雰囲気で声も優しそう。ドゥストラックはズボン役が似合う暗めの声で悩めるセストにピッタリ。マジェスキは嫉妬深く気が強そうでありながら憎めないキャラを好演してました。
ということで、歌手の人達が演出にそって好演していたからこそ登場人物の個性が際立ったということではありますが、公演の要であるエッティンガー率いるオケの若干重めの演奏も歌手の好演を引き出すのに成功していたとも言えるでしょう。ところで、エッティンガーの指揮する姿が師匠にそっくりというのを聞いたことがありますが、今回良く見える席だったので、なるほど納得でありました。